2013年05月15日

『ゼロの使い魔』を食わず嫌いしている方へ

先月、『ゼロの使い魔』などで活躍された作家のヤマグチノボル先生が亡くなられました。

私はヤマグチ先生との面識はありませんが、『ゼロの使い魔』は複雑な思い入れがある作品です。先生を偲びつつ、このブログを書いています。

最初に白状すると、私はもともと『ゼロの使い魔』の熱心な読者ではありませんでした。

もちろん、有名な作品なので、ライトノベル業界の末席にいる身としてタイトルは前々から知っていましたが、「読みたい」と思うことは長らくありませんでした。

本の装丁やキャラクターグッズをあちこちで目にする度、「どうせこのルイズという女の子が可愛いだけの小説なんだろ」と冷めた視線を向けて食わず嫌いをしていた、というのが率直なところでした。私は「もっと硬派なライトノベルを書きたい」と思っている作家なので、いわゆる萌えを前面に押し出している作品は、正直、読むのも書くのも不得手なのです。

そんな私が『ゼロの使い魔』を初めて手に取ったのは、確か2010年から2011年にかけての時期だと思います。

担当編集者と打ち合わせを重ねた結果、異世界ファンタジーバトルを書くことが決まり、準備を始めました。挑戦したことがないジャンルだったので、色々と勉強する必要に迫られ、資料をたくさん買い込みました。その買い物の際に「『ゼロの使い魔』を読まなくては」と思い立ったわけです。

ファンタジー知識を得るためだけであれば、他にいくらでも有用な資料はありますが、やはり生きた作品に少しは触れておかなくては、という一種の義務感がありました。

シリーズ序盤の数冊を買い、他の資料と一緒に本棚に並べ、しばらくはそのまま置いておきました。ここでも「真っ先に読む必要はないな」「他の資料を読んで、一段落したら読もうかな」というくらいの優先順位でした。

大きな間違いだったと気づいたのは、『ゼロの使い魔3 始祖の祈祷書』のあとがきを読み終えた瞬間でした。

ゼロの使い魔〈3〉始祖の祈祷書 (MF文庫J) [文庫] / ヤマグチ ノボル (著); 兎塚 エイジ (イラスト); メディアファクトリー (刊)

私は作品の本編よりも先にあとがきを読むタイプの読者で、1巻から順番にあとがきだけ続けて読み、その後、本編に入ろうと考えました。

そこで出会った3巻のあとがきは、私の読書生活史上、最上級と言って差し支えない名文でした。本を読むという行為に慣れ切った身のつもりだったのですが、たった2ページの文章に心揺さぶられ、不覚にも泣きそうになりました。今でも読み返そうとする度に涙腺が緩みます。

どんな内容なのかは、是非、ご自分の目でお確かめいただきたいです。
抜粋引用してご紹介してもいいのですが、そうするとヤマグチ先生の文章の価値が大きく減じられそうで怖いので、私は遠慮します。

私なりの言葉で議題のみご紹介すると、

・ヤマグチ先生の中で、ルイズがどのように生まれたのか。
・ルイズというキャラクターに、どれだけの思いを込めていたのか。
・『ゼロの使い魔』で社会に、読者に、どんなメッセージを発したかったのか。

これらのことが端的に表現された、入魂の、密度の極めて高い2ページでした。

だからルイズがこんなにも多くのファンに愛されているのか、これだけ強烈な引力を纏っているのかと、否応なく思い知らされてしまいました。

正直、私の中でファンタジーの取材がどうでもよくなり、作家としての志の見直しを迫られました。それくらい、ヤマグチ先生は気高き志を胸に秘めて筆を執られていたのです。

先日、メディアファクトリー等主催の「お別れの会」に参列し、
「勝手な決めつけで食わず嫌いをしていて申し訳ありませんでした」
と心の中で唱えながら頭を下げました。
生前に直接お伝えする機会はありませんでしたので、重ね重ね残念です。

私と同じように『ゼロの使い魔』を食わず嫌いしている方は、まずは3巻のあとがきを読んで、ヤマグチ先生の志に触れ、そこで「よし、読んでみよう」と思ったら1巻冒頭へ移る、という順番をお薦めします。

正道ではありませんが、3巻あとがきを読むか否かで、シリーズ全体の見え方が大きく変わってくると思います。

私にとってヤマグチ先生は雲の上の存在でしたが、同じ業界に身を置く者として、志を少しでも受け継いで励みたいと思う次第です。
posted by 水市恵 at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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